陽も暮れ月が高々と空に輝く頃。ローが船に戻ればエルドラドについての情報を収集した船員達が食堂に揃い、各々が情報を共有するが、誰もが同じ様な内容だった。
エルドラドは人である。ただそれだけが今日入った唯一の情報だ。
意気消沈といった面々にフォローする様にペンギンは語りかけた。


「まだエルドラドが人って決まったわけでもねえよ。誰も会ったことがないっつってただろ?それに、この島には島民が足踏み入れねぇ様な奥地があるらしい。まだ可能性はゼロじゃねぇよ!」
「そ、そうだな!」
「ログだってこの島じゃ関係ねぇんだ。急ぐも急がねぇもおれたち次第!ね、船長!」


そうペンギンが話を降ると、その場に居た全員がざっとローへと期待の眼差しを向けた。


「明日は奥地へ行く」
「よし来た!」
「冒険だー!」


まさに待っていましたとばかりにはしゃぐ船員達に、ローは思わず苦笑を漏らす。
出発の時間と船番の担当を決め、楽しみで仕方ない風勢の船員達をローは船長命令で就寝のために各自の部屋へと戻る様促した。


、帰ってこないっすね」


一人食堂に残り酒を嗜んでいたローは背後からした聞きなれた声に向き直る。


「シャチか。まだいたのかてめぇも寝ろ」
「寝ますけど…こんな時間まで連絡なしってのは初めてじゃないっすか?」
「………」


シャチの言うとおり、は朝帰りすることはあっても船に連絡を入れる。永年の付き合いであるローにも、彼女がそれを怠った事など記憶をたどれど一度たりともない。


「子電々虫はもってなかったはずだ。連絡出来ねぇだけかもしれねぇ…が、あんまり遅けりゃ邸に乗り込みゃいい」
「行く時は呼んでください!おれも加勢します!」


絶対っすよ!と、ビシリとローに指をさし念を押したシャチは自室へと戻って行った。
シャチのバタバタと響く足音が聞こえなくなったころ、ローはグラスに残った酒を飲みほすと食堂を出て船尾の甲板へと向かった。

甲板から見える街からは、ガス灯の光が点々と規則正しく並んでいるのが確認出来た。ポツポツと建物からも灯りはは漏れているがその数は多くはない。夜に働く物が少ない街である事が伺えた。
ローのいる場所からは大豪邸の上部を見る事ができる。相変わらずの遠近感を狂わせる大きさだ。
見える範囲の邸の窓からは、漏れる灯りは見受けられなかった。

ふとローはポケットから小さな紙切れを取り出した。まるで意思を持つかの様に掌を這う紙切れ、ビブルカードだ。
先刻船に戻った間際に確認した際にはの物であるそれは真っ直ぐに邸を目指していた。
しかし今、邸とは別の方向に動き出したビブルカードを見てローは一瞬目を見開いた。

杞憂だったか?そうローの頭に過った瞬間だった。ビブルカードの指し示す方向から船へと向かって来る一つの影がローの目に入った。
つばの大きな帽子に、丈の長いロングスカート。一点のうねりのない髪の毛は下方で一つにまとめられている。バランスの良い長さの手足は何処か動かしにくそうにしながらも、覚束ない足取りで前へ前へとゆっくりと進めている。
遠目ながらに特徴はハッキリとローの目に焼き付いた。


「せせせせ船長!あれ!!」
「うるせぇ見えている!」


見張り台から双眼鏡でその影を見た船員に声をかけられるまでもなく、それが明らかに様子のおかしいである事はローには容易に分かった。
早々に能力を使い彼女の元へと移動すれば、同時には地面にへと崩れ落ちかけたが、ローは寸前でどうにか彼女を受け止めた。


!?」
「………っぅ…」


苦しげに呻いたはそのまま意識を失い、力の抜けた彼女の全体重がローへと寄りかかる。

ざっと彼女に外傷がないか見渡すが、それらしき痕は無い。
驚異的な回復力を持つ吸血鬼である彼女の足取りが覚束なくなど、銀で攻撃された傷があるとしか思えなかったローは狼狽えた。
近くに十字架などの宗教的象徴も一切ない。別れる間際までの彼女を思い出せど病を隠しているそぶりも全くなかった。

ならばなぜ?

答えの出る事の無い疑問が頭を反芻する中、ローは気を失った彼女を船へと連れ戻す事しか出来なかった。







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