「エルドラドが人なんて…赤字じゃない…」
「誰のせいだ」
「あらこの場合皆共犯よ」
「………」


船に戻る道中、あまり人通りはないが綺麗に舗装された道を歩きながら、二人は愚痴の様な会話を続けていた。
時々二人の間を心地よい風が吹き抜け、澄んだ空気と豪邸が一軒見えるだけの長閑な原風景に否応無しに心は和まされる。
会話は剣呑とするものの、二人の空気までもそうなるという事は免れていた。


「こんなに綺麗で平穏なんだもの。エルドラドが人か神でこの島を導いている、なんて言われても不思議でも何でもなくってよ」
「神は信じねぇが、この偉大なる航路で四季折々の食物も育っているって事は、何かあるのは間違いなさそうだがな」


手に持った買い物袋の中身を覗きながらローは呟いた。
情報提供のお礼として多少買え。というの信条が発端で、一軒の買い物料は少なくとも、総合すると随分な量をいつの間にやら彼女は購入していた。購入した商品は、ローの言う通り四季折々の食物が幾つか見受けられる。
露天は矢鱈と食物を扱う店が多かったが、固形物を食べる事のできない彼女が何を思って購入したのか、ローは分かりかねている。


「作物も育つし、気候も安定してる。本当に長閑ね。いつか根を張るなら、こんな島に住みたいわ」
「お前の故郷はこんな…」
「それは言わない約束でしてよ?貴方達が知りたい場所の事、私が語った所でなんになるの」


ピタリと足を止めそう言い放ったは、同じ様に足を止めたローを挑戦的な目で睨み上げた。
彼女は自分の故郷であるラフテルについて語りたがらない。分かり切った事だったと、ローは頭を振って諦めた様に小さくため息を吐いた。


「自分の目で確かめりゃいい」
「ええ、その通り。比べたって何にもならなくってよ」


クスクスと笑うはまた歩みを進め、ローもまた彼女の隣へと並んだ。


「まあ確かに、ここまで平和ならお前が住むっつっても心配ねぇがな」
「あら意外。私は何処にいたって問題に巻き込まれたって負ける気はしないから、心配はしなくて良いのよ?」
「お前が問題起こさねぇから心配ねぇんだ」
「………余計な心配どうもありがと」


そこでふとは先程から見えている豪邸に目を向け、ローも彼女の目線の先を追う様に邸を見やる。すると先程から殆ど近づけていない事に気がついた。
随分と前からそれが豪邸であると分かるほどの大きさで見えているそれが、あまり近づけていない。つまりよほどの大豪邸ということだ。


「距離感狂うわ…」
「あの邸か」
「ええ。地主でも住んでるのかし、ら…。あらいやだ。思い出したくない人を思い出してしまうわ」
「………」


二人の脳裏に真っ黒なスータンを身に纏った男が過ったが、両者そろってため息を吐き頭から追い出そうと務めた。

数十分歩き詰めたところでようやく豪邸の元までたどり着いた。
大きな邸にしては珍しく、門や囲いが一切ついていない。この土地では防犯対策であるその類は必要もないことが伺えた。

ふと視線を感じた二人は、その元である邸の三階の大きな窓に顔を向けた。
すると二人に見られた事に驚いたであろう一人の少女が慌てて部屋の中へと引っ込んだ。
一瞬ではあったが、垣間見得た少女は、瞬時に分かるほどの美貌を兼ね備えた少女だった。


「…ロー、一応聞くけれど」
「一応聞いてやる」
「用事ができたから先に帰って下さる?」


満面の笑みを浮かべるは、疑問系で話しかけた割には、もう既に荷物をローへと押し付け意識は完全に邸の中にへと向いている。
ローは本日一番大きなため息を盛大に吐くと、彼女の荷物を渋々ながら受け取った。


「勝手にしろ」
「ええ、ありがと!」


直様走って玄関へと向かった彼女が、扉の前に立った門番らしき男に声をかけ、門番から話を聞いたであろう邸の中から現れた執事然とした男に案内されるのを見送ると、ローは船へと足を進めた。



後にこの時彼女と離れた事を、後悔する羽目になるとは、今のローに知る由もなかった。







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