黄金郷、エルドラド。
誰もが憧れるその土地に、焦がれ旅立った者は数知れず、その果てに彼の岸へと旅立った者も数知れない。
存在すら危ういその場所を求めた航海を後悔させる霧の海は、不気味さを漂わせ不安を掻き立てる。
ここは偉大なる航路における魔の海峡、その一つである。
「魔の海峡、なんて言っても、潜水艇じゃ関係ないわね」
潜水艇の円型の窓を覗きながら、感心とも呆れともつかない声色でがポツリと呟いた。
それもそのはず。潜水艇は霧の海の海上を走る事はせず、ただひたすらに海中で航海を進めたのだ。比較的浅い海底を、海図を参考に沿って進んだ後、伝説通りにログが示さない、一つの大きな島に難なくたどり着いた。
「こんなに楽に着いたとなりゃ、ここがエルドラドか疑わしいな…」
「でも、不思議な島であることは確かね」
現在船の位置は島から数十メートル。目に見える範囲の後方の海上に霧が漂っている。しかし島は綺麗に晴れ渡り、霧の一変も見当たらない。まるで霧がその島を故意に避けているように見受けられた。
島に沿うよう船を進めると、海岸沿いに大きな街が見えた。
しかし海岸沿いの街ならば本来あるはずの船着場と船が一つたりとも見当たらない事に、は首を傾げた。
「やっぱり、変な島。これは期待してもいいのではなくて?」
「だといいが…、な」
*
船を街から少し離れた海岸に停泊させると、一行は街へと向かった。
孤島ともなれば独自に発展した文化であったり、世界通貨が使用できないなどの不便もある程度覚悟はしていたが、彼らが街の様子を伺う限り、今まで通ったどの島ともさほど変わらない文化であり、通貨も何ら変わりないベリーである。
だがしかし、他の島とは明らかに違うある種異様な点が一つあった。
「海賊が全くいない…?」
仲間と一時離れ、とローが訪れた露店街には、いかにも島民といった風勢の者しか街には見当たらない。治安の良さの滲み出た風景には、海軍や自警団などは一人も居なければ必要もなさそうだ。
船着場も船も一切なかったのだから当たり前と言われればそれまでだが、この状況は大航海時代において、まずあり得ないも言っても過言ではない状況だった。
「まずは情報収集かしら」
「あぁ」
はたまたま近くにあった、果物が所狭しとならんだ露天へと近づき、店番をする老婆へと話しかけた。
「こんにちは。とても綺麗な林檎ね」
「おや、見ない顔だねぇ。余所者が来るなんていったい何十年ぶりかしら…」
ただ一言交わしただけで、この島は街中の人間の顔を覚え、尚且つ余所者はすぐに分かる程度に閉鎖された島だという事が伺えた。
「昔は黄金の人を求めて海賊がちらほら来たものだけどねぇ」
昔を懐かしむ様に老婆は呟いた。
その呟きの内容に、とローは一瞬ほんの少し目を見開いた。
「黄金の人?」
「エルドラドと呼ばれたり、英知の力を持った人ともこの島では言われているねぇ。海賊が来なくなったのもきっとエルドラドのおかげさ」
海賊が今まさに辿り着いてしまったが。とはこの状況で口にする事は両者とも流石にしなかった。
「旅行者も本当に久しぶりだよ。あんた達はエルドラドに呼ばれたのかも知れないねぇ」
「エルドラドを見た事はあるのか?」
「いいや、ないよ」
それ以上の情報が老婆から出る事はなく、二人は幾つか林檎を購入し、次の情報収集へと向かった。
しかし、誰に話を聞こうとも、老婆と同じような内容ばかりで結局目新しい情報は手に入らず終いだった。