三人の普通とは言い難い、しかし修羅場というには些か生ぬるいやり取りに、そろそろ船員たちが飽き出し、各々持ち場へと帰るものが増えたころ、ようやくローによって撃沈させられていたが気を取り戻し、話を本題へと軌道修正する。
「それでアリス。冗談は抜きにして、どうして会いに来てくれたのかしら?」
「私の能力でが危ない目にあったって出たの。もう心配でいても立ってもいられなくて…!」
「アリス…!」
またしても抱擁しそうな二人を、ローはの肩を掴み静止させ阻止する。同時に二人から睨みを効かされたが当の本人は何処吹く風といったところだ。
むっとしつつもアリスは何処からともなく、一冊の本を取り出しパラパラと小気味良い音をたてながらページを捲っていく。
「テルテルの実は外れない未来予知の物語を書き出すとは言っても、時間と場所や人はランダムだから…」
「いい加減法螺はやめろ」
「は?」
「そんな悪魔の実があってたまるか。なぁ、ルーンの魔女」
「………いいえ、悪魔の実よ?」
挑戦的な目でローにそう言ったアリスに、ローは彼女の言葉など全く信じないと言わんばかりにふんと鼻で笑ってみせた。
「本人がそういうならそれでいいじゃない。その能力が有能なことも、それで政府に狙われることも、魔法だろうが悪魔の実だろうが変わりはなくてよ」
「まぁ、うちには関係ない話しだったな」
「むっ、その言い方はその言い方でムカつくわね…。兎に角、これでが花畑で死にかけるって出て気が気じゃなくって…!だから来たのよ。あんたがいながらいったいどういうことなのよ!」
いきり立つアリスをローは冷めた目で見やるが、先ほどまでのように、反論や嫌味を返すことはしなかった。それだけで先日の出来事は彼の中でも心の重しになっていることが伺えた。
そんなローにアリスはさらに怒鳴りつけようと口を開いたが、声を出す前にが手のひらを彼女に向け待ての意を表したのを見て、渋々口を閉ざした。
「まぁ、色々あったのよ。今回ばっかりは私に非があったわ」
「は優し過ぎるわ…!!」
幾度目となるアリスの、への突進のような抱擁を阻止したローは、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、そのままを胸に抱き込んだ。
「まぁ、人前で珍しい」
「もういい加減帰れルーン屋」
「まだ来たばっかりよ!」
「何かしら情報買ってやる。それで良いだろ」
「む…確かに買って欲しい耳よりの情報はあるにはあるけど…」
「あら、それは私も聞きたいわ」
がそう言うなら…、と呟いたアリスは、またしても胸元から一枚の数回折りたたまれた紙を取り出すと指で挟み少し掲げて見せた。
「この近辺の海流が書いてある海図よ。霧の中だし流れは妙だしで書き出すのに時間がかかったわぁ」
「それがなんだ」
「もうせっかちね。で、流れからしてこの辺りに島があるはずってとこまで突き止めたわ。行ってはいないけど」
「ログ辿ればいいんじゃなくて?」
「この辺の島じゃ有名な話しなのだけど、記録指針の刺さない島があって、そこにはエルドラドがあるって言われているわ」
なるほど合点がいったと話を聞いた二人は顔を見合わせる。
エルドラド、つまり黄金郷。
あくまで噂レベルの言い伝えの情報を信じるほど、素直ではないとローだが、今回情報を提示したのはアリスだ。世界政府に狙われるほどの情報力を持つルーンの魔女が、まさか自らの名に泥を塗るような情報を流すわけがない。
未来に想いを馳せるかのように、ローはニヤリと口の恥を持ち上げた。
「いくらだ」
「50万ベリーと言いたいところだけど、前金10万ベリーでいいわ。40万はエルドラドを見つけたら」
「たけぇ」
「大分譲歩してるわよ?エルドラドが見つかれば端金よ」
「誰かー!十万ベリー持ってきてー!」
「てめぇ…!」
「前金五分の一なんて破格じゃなくて?それに行きたいわ、黄金郷!貴方だって興味あるでしょう?だから、十万!持ってきてー!」
本当に持って来るか否か、戸惑いの色を瞳に宿しながらローを伺うクルー達に、ローは一つため息を軽く吐いてから、手だけを動かし金を持って来いと彼らを促した。
船内へ駆け込んだクルーがすぐさま持ってきた封筒の中身を確認したローは、アリスにそれを放射線状に投げてよこした。
アリスは慌てたように両手を伸ばしそれを受け取った。そして中身の枚数を確認すると、満面の笑みで胸元に封筒をしまい、変わりに地図をローに同じ様に投げ渡した。
「毎度ありー」
「もういいだろ帰れ」
「ねぇロー女の子は粗雑に扱うものではなくてよ?」
「あいつが女の子って歳か。見た目はあぁだが確かよんじゅ」
ローが全てを言い切る前にアリスが彼の顔面に向けて、握った拳を空気を切る音がするほどに素早く突きつけたが、を抱えつつもそれを避けた。
「この鬼畜外科医がこんな性格じゃなきゃもっと居たいんだけどね…!!また会いに来るわ!」
「ええ。あ、はい。ビブルカード」
そう言ってがビブルカードを取り出したのはローのジーンズのポケットに入ったそれだった。
それに一瞬ギョッとした様子を目せたローが即座に取り返そうとするが、それよりも早くアリスはそれを手にする。
「ありがと!また絶対会いましょう!じゃあねー!」
甲高い声を甲板に響かせ、アリスは自分の船に向かって跳び出した。巨船の甲板にそれで届くはずもなかったが、彼女が跳んだ場所にちょうど良くロープが降ろされ、アリスがそれに掴まると同時に上昇する。
上がり切るまで彼女はずっと手を振り続けていた。
手を振り返していただったが、明らかに怒りの色を滲ませるローにその手を掴まれる。
「てめぇどういうつもりだ」
「一番近い場所にあるのが、貴方のだったのだから仕方ないわ」
「仕方ないで済む話か」
「ずっとそばにいるから、いいじゃない」
縁然と微笑みながらそう言ったに、ローは反論を口籠ったが、直ぐに気を取り直す。
「あやふやにする常套句を今更受け入れるわけねぇだろ」
「…ちっ」
「……………」
頬を若干膨らませ不貞腐れる彼女に、盛大にため息を吐いたローは、もうどうでもいいと額に手を当て二、三度軽く頭を振った後、その手の内にある地図を見つめ、ぽつりと呟いた。
「エルドラド…か」
進路変更の旨を航海士たるベポに伝える為、彼の元へと歩み出せば、直ぐ様はローの後に続いた。
ルーンの魔女の物語